おみそコラムcolumn
味噌に入っている酒精について
パッケージを見て〝酒精″という言葉に戸惑っていないか?
 酒精とは、消費者にとっていささか聞き慣れぬ言葉かもしれない。でも、食品の世界には当たり前のように存在し、使っておればパッケージは必ず表示されているものなのだ。酒精は、平たく言えば、発酵アルコールのことで、俗にいう一般飲食添加物に分類されている。そもそもアルコールには食用に用いる発酵アルコールと、工業用の合成アルコールがあるのだが、酒精は勿論前者の方。酒やみりんなどに用いられるものと同じだ。当然、日本酒や焼酎にも使われており、醤油、味噌にも使用されているが、一般食材に用いられていることもある。
 添加物と表記してしまうと、食品の安心安全の観点から拒否反応を示す向きもあろうが、決してそうではない。身体に害を与えそうなものばかりを指すのではなく、保存や製造上から必要となって用いているものもある。日本では、食品を加工したり、保存したりする時の調味料や保存料、着色料を総じて食品添加物と呼んでいる。古くから保存に対する知恵は伝わっており、魚を保たせるために塩漬けする行為もそれに当たるし、梅干に入れる紫蘇も同じ。ジャムだって砂糖を多用するのは、甘みをつけるだけではなく、砂糖の効果によって保存を長くする意味合いもある。
 ~酒精は、発酵を抑制するために用いる~

 では、なぜ味噌を製造する際に酒精を使うかといえば、酵母などの微生物は、味噌を造る過程で活動し続けている。それに酒精を加えることで、酔わせて発酵を抑制する狙いがそこにはあるのだ。酵母による発酵時には、二酸化炭素が出る。この二酸化炭素が製品にはやっかいで、容器が膨張したり、変形したりする。たまに家庭で作る醤油キットなんて売っているが、その時には、ペットボトル内に入れて発酵を行うケースが見られる。その際、時折り蓋を開けて二酸化炭素を逃してやらないと、パンパンに膨張して破裂する恐れがある。そうならないように防ぐ役目が酒精にはある。つまり酒精を加える事によって発酵を抑えてくれると思ってほしい。

 ただ、味噌には酒精を使っていないものもある。例えば、六甲味噌製造所では、2021年製造分から「完熟みそ」をアルコール無添加にした。無添加な分、香りや風味が味噌らしくなるが、酒精が入っていないから家庭での熟成も進む。そのため二酸化炭素を抜く工夫を容器に施しているのだ。そうなって来ると、コストもかかってくるし、価格にそれを反映せねばならない。全ての商品をそうするわけには行かないのであろう。それにスーパーなどの食品販売店では、膨張することを嫌う所も多い。

 「密封された容器内で二酸化炭素が蔓延すると、味噌の風味が損なうと言って嫌う人もいる」とは、食品事情通の意見。だからもとの味噌の味のまま食せるようにと、酒精を加えて発酵を抑えるのだと教えてくれた。六甲味噌製造所の長谷川憲司社長も「今の人達は、酒精が入った味噌の味に慣れているので強い発酵臭を好まない」と指摘する。昔は、ソルビン酸カリウムをよく使い、pHを下げて発酵を抑制していたそうだが、それでは独特の匂いが付き、味噌の風味を悪くするので次第に使用しなくなり、その役目が酒精(アルコール)に移行したと説明している。

 一見、アルコールを添加していると聞くと、子供は食せないと思ってしまうが、そうではない。元来、味噌は一度に大量摂取するものではなく、あくまで味を調える_、いわば調味料扱い。味噌全体の約2~3%程に過ぎないので酒精の量はたかがしれている。アルコール摂取量を心配するには及ばない。発酵アルコールは、蜂蜜やサトウキビなどの糖質と、とうもろこし、薩摩芋、ジャガ芋などの澱粉を原料として用い、それらを糖化し、発酵した後に蒸留して造っている。長谷川憲司社長によると、六甲味噌製造所で用いる酒精は、100%サトウキビ由来で食品用である。

 一時期日本ではピュア志向が強くなった時代があった。日本酒の世界においても醸造用アルコールを用いた本醸造より米だけで造った純米酒を上に見る傾向もあったし、ウイスキーでも複数の蒸溜所のものを合わせて造ったものより、単一蒸溜所の原酒で造るシングルモルトの方を良しとしたこともあった。添加物云々の必要性が叫ばれたことによるピュア志向だと私は理解している。そんな〝悪″のイメージに、酒精を当てはめるのはどうかとも思う。人工甘味料のように入れなくてもいいものを用いるのではなく、そこには発酵を抑えるとした歴とした役目が存在するから使うのだ。

 そうまとめてしまうと、今度は「完熟みそ」のように無添加のものを否定してしまいそうだが、無添加の味噌も悪くはないと理解願いたい。本来、味噌は熟成して来たら微妙なアルコールを自らが造り出すし、発酵臭はしっかりある。その分、味噌本来が持つ風味もするのだ。問題はその発酵臭に慣れるか、どうか。ただ味噌は、味噌汁然り、鍋物・煮物然り、火をかけて煮詰めるので発酵臭は消える。だから風味がいい分、無添加を求める人もいる。私がこのコラムで言いたいことは、どちらが上ではなく、酒精を発酵アルコールだといって何も考えずに排除するのだけはやめてほしいということなのだ。(2023/5/25)

(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)