おみそコラムcolumn
日本の文化を見直そう13~寒の時季に味噌を仕込む理由(わけ)~
寒仕込みや寒造りがいい印象を与えるのは…
冬場に六甲山から見る夜景が好きである。空気が澄んでおり、乾燥しているから灯りが美しく映える。この時季は、少々寒くても自然を観賞するのにはうってつけ。空気がきれいなのでより感動をもたらすのだ。同じような理由から日本では古来より寒の時季に醸造文化が発展して来た。“寒仕込み”なる言葉は、日本酒業界ではおなじみになったが、味噌や醤油業界も同様で、寒の時季に造るのがいいとされている。そもそも寒仕込みとは、日本酒業界で使われている“寒造り”がもとになっていると伝えられている。それが味噌や醤油の造りの中でも用いられるようになって、日本の醸造=寒仕込みというフレーズが一般的となった。寒仕込みの言葉の意味を紐解くと、味噌や醤油、酒を寒い時期に仕込むこととある。寒の時季は、雑菌が繁殖しにくく、物が腐りにくいのでゆっくりと発酵や熟成するのには丁度いいのだ。
六甲味噌製造所の長谷川憲司社長に聞くと、「空気がきれいで、水もよいことが第一条件だが、作物の収穫もその因の一つだ」という。米は秋に、大豆が秋から年末に採れ、乾燥させると味も濃くなり、丁度寒の時季で農閑期に仕込みが始まる。味噌の仕込みは、1~3月に集中する。この時季以外でも造ることはできるが、仮に暑い頃に行ってしまうと、最初の発酵が急激なものになってしまい、いい味噌になりにくい。寒の時季に仕込んでも、春仕込んでも味噌ができあがるのはほぼ同じ頃。気温が15度にならないと、発酵は活発化せず、土用の丑の頃に熟成が進むことで味噌ができあがる。「寒の頃はカビが来にくいし、味噌の中にいらぬものを抱き込みません。ロスも少なくて済むし、難しく気遣わなくてもできる時季なんですよ」と説明していた。今でこそ工場はきちんと衛生管理がなされているが、昔はそこまでではなく、当然水質検査なんてしない時代だから水からも雑菌が入る。暑い時季だとそれが繁殖するので醸造には適さなかった。だから古来より味噌、醤油、酒は寒に仕込む習慣ができたのであろう。関西では寒に仕込んだ味噌は、秋口に食べ頃を迎える。前述したように15度ぐらいから発酵が活発化し、30度以上になる夏場にピークに達する。なので昔から土用の丑を越した味噌は、味がよくなると言われたのである。
東西に長い日本列島では、自ずと仕込みも差異が生じる。東北や信州のように寒冷地は気温も低く、塩度も高いので一年かかるといい、できるのが翌年の秋になることがかつてはあった。なので二年味噌や三年味噌が存在する。逆に九州地方は麦みそ文化で、麹が多く、大豆使用量も少ないので味噌は早くできる。だから何度も仕込むことができるようだ。近畿では、寒の時季に赤味噌を仕込み、秋まで待つ。白味噌は早くできるから毎月のように仕込むことが多い。「昔から関西は贅沢な地で、色んな味噌を作ります、使い方は汁物より和え物に用いることが多々あります。だから関西では、和え物文化が生まれたんです」と長谷川社長は話していた。
味噌とは話が離れるが、日本酒の仕込みが寒の頃に行われるのは、環境的な要因だけではないようだ。明治までは、米は税である。米=お金なので、収穫の影響も多少は受ける。米が穫れない年は酒造りに回すものが減るし、逆に豊作だと回す量も増える。江戸幕府は流通を制限しないといけないので寒の時季以外に酒を造ることを禁じた。技術的なこともあったが、今のように本当の夏場以外は酒を仕込むなんてできなかったわけだ。味噌や醤油、日本酒以外でも冬場の造りを良しとするものは沢山ある。知人の中華料理店店主は冬に腸詰めを作って干すというし、塩に漬けた魚を寒風にあてて干物にする漁業関係者もいる。そういえば寒天の語源も寒の時季に干すことから来ているらしい。江戸時代に伏見の旅館「美濃屋」の主人・美濃太郎左衛門が戸外に捨てていたトコロテンが凍結し、日が経って乾物化したものを見つけた。戻してみると、トコロテンより海藻臭さが抜けてよかったそうだ。そこで萬福寺の隠元禅師に試食してもらったところ、寒空を意味する寒天と名づけてもらったという。こんなところにも寒の効果を物語る例がある。(2021/02/22)
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)
<著者プロフィール>
曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと出版畑ばかりを歩み、1999年に独立して(有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。食に関する執筆が多く、関西の食文化をリードする存在でもある。編集の他、飲食店プロデュースやフードプランニングも行っており、今や流行している酒粕ブームは、氏が企画した酒粕プロジェクトの影響によるところが大きい。2003年にはJR大阪駅構内の駅開発事業にも参画し、関西の駅ナカブームの火付け役的存在にもなっている。現在、大阪樟蔭女子大学でも「フードメディア研究」なる授業を持っている。