おみそコラムcolumn
味噌屋が造るフリーズドライ
〜たとえ即席でも、きちんとした味噌汁でなければ!〜
今、フリーズドライ味噌汁が注目されている_、そう書くと読者諸氏は「前からあるものだし、今さら?」と首を傾げるかもしれない。ところがコロナ禍になり、仕事の仕方も変わった。出社せずとも自宅にてリモートで仕事ができるとなっては、以前のようにランチに出て行くことも少なくなるわけだ。そんな折りは、昼ご飯を簡単に済ませたい向きが多くなる。炊いていたご飯と、ちょっとした惣菜があれば十分で、そんな時には手軽にできる即席味噌汁が重宝するのだ。フリーズドライみそ汁の販売金額を見てみると、2019年〜2020年の1年間で対前年比12.5%もアップしている。さらにコロナ禍に陥った2月以降は顕著で20%以上売上が伸びているのだ。これはコロナ禍により需要の高まりが出たこともさることながら、常に家にいる時間が永くなったために家庭内ストック品として即席味噌汁のニーズが高まったのも要因の一つであろう。ところが同年の数字を見ると、スープ類は0.7%と微増に過ぎない。やはり家でのささっと昼飯は、ご飯・漬物・味噌汁に限るのだ。コロナ禍では免疫的な食事法も着目された。そこで発酵食品の一つである味噌がクローズアップされたのもあるし、世の健康志向にはやはり味噌汁摂取が物を言う。これは毎日味噌汁を摂り、当時としては長生きした徳川家康の健康管理術からもわかるであろう。
さて、インスタント食品については昔からあるのはご存知だろう。湯を注ぐだけで作れるものは、江戸期の叩き納豆がルーツではないかといわれている。殊、味噌汁においてのそれは、1960年代にすでに即席味噌汁が発売されていたので、それが初めと思ってもいいのかもしれない。但し、この頃の製品は、熱風乾燥を用いたもので味自体は落ちていた。それを画期的なものにしたのはフリーズドライ製法である。フリーズドライとは、味噌汁を凍結し、真空状態にして水分を昇華し、乾燥させて造る製法をいう。味噌汁に、その手法を用いたのは、確か「ひるげ」(永谷園)が最初ではなかったろうか。同社が従来あった乾燥臭を取り去り、生味噌の風味に近づけようとした。そこでインスタントコーヒーに用いられていたフリーズドライ製法を導入したのだと聞いたことがある。「ひるげ」のヒット以来、フリーズドライ製法の味噌汁は定着し、一般化して行き、今に至ってる。
ところで先日、こんな記事を見つけた。それは「六甲味噌製造所」に取材したもので、記事の主旨は「味噌屋が造るフリーズドライ味噌汁は旨い」というものだった。フリーズドライ味噌汁については、日進月歩でかなり技術が進み、多くのメーカーから色んなものが売り出されている。ただ味噌メーカーでなければ、肝心の味噌はどこから仕入れているもので、そこに力を入れているかどうかはわからないし、ましてや他社から仕入れるとなると、コストも割高になる。つまり、肝心の味噌にそこまで注力できなくなるというわけだ。記事を読みながら私は「確かに理に適っている」と思った。
味噌蔵は全国各地にあれど、実はその風味については地域性があるのをご存知だろうか。寒い地方の味噌は、どうしても熟成が遅くなるし、塩分も強くなる。九州は麦味噌文化圏で、味は甘め。愛知では、八丁味噌を好むし、本来、東海地方は豆味噌文化圏でもある。だから関西の人は自分が暮らす地域で造られている味噌の方が口に合うのだ。「六甲味噌製造所」は、芦屋にあって百年以上の歴史を有す味噌蔵。なので関西の、しかも阪神間の人が美味しいと思うように醸している。同社の長谷川憲司社長は、「関西は古くからだし文化があって塩分を控えて調理する習慣が根づいています。だから当社では、できるだけ兵庫県産品を使いながら関西の料理にフィットした味わいで味噌づくりを行っています」と話している。例えば「手造の味」は、大豆と兵庫県産米を用いて造っている。前身の「特赤」味噌から数えると半世紀以上のロングラン商品で、手間をかけて扱った糀を使い、芦屋の蔵でゆっくり熟成させて造っており、どんな具材の味噌汁にも合うように設計された風味豊かな黄金色の味噌である。長谷川社長は、地域的な味を出そうと懸命で、兵庫県産の米と大豆にもこだわりを見せる。県内の農家とパイプを持つことで良質素材を仕入れることを実現させた。糀は機械製麹ではなく、手作業で。「発育を妨げることなく、丁寧な造りを行っているのだ」という。臼で曳く造りを行っているのでできあがった味噌はきめ細かい。米と大豆を1:1の比率にして、塩分も10%弱に抑えるそうだ。「関西人は、なめらかな舌触りを好みます。椀の底に残るのが嫌で、そのためには、味噌をきめ細かくしなければならないのです」。だから関西特有の臼で曳く手法を用いるのだろう。こうして造られた味噌は、塩分が少なく、昆布や鰹で摂っただしと調和する。これがまさしく関西風味なのだ。
「六甲味噌製造所」では、四種類のフリーズドライ味噌汁を販売している。このいずれもが長谷川社長がいう関西の味にマッチしたもので、「いくら即席といえどもきちんとした味噌汁を届けたい」との信念が窺える。フリーズドライ味噌汁は、当然ながらお湯を注ぐとすぐにできあがる。しかし、本物の味がそこになければ消費者にはすぐに見透かされてしまう。味噌屋が造るには、それなりのこだわりが見受けられ、きちんとした味でなければ、主力商品の味噌さえ傷つけてしまうからだ。
「六甲味噌製造所」がフリーズドライ味噌汁に着手したのは、2004年。「六甲のあじ(なすび)」と「赤だし(なめこ)」を売り出したのが最初である。当初からいい評価は、得ていたそうだが、もっと味を強化したいとの思いが強くなり、2018年にリニューアルに踏み切った。「それまでは旨味調味料を使っていたのですが、どうしても化学的な味が舌に残ってしまうために使うのをやめました。北海道産真昆布や焼津産鰹節など天然素材を用いただしにこだわることで飽きない味を実現。即席といえども本物志向にしたのです」と長谷川社長。旨味調味料をはずし、良質な天然素材由来の出汁にこだわり、おまけに具材を多めにした。するとコストアップして高くなってしまうのだが、そこは味噌蔵のプライドが許さなかった。いくらコストアップしようと本物の味を届けたかったのである。汁椀に換算した時の塩分を低く設定し、その分、天然だしを活用することで味をうまく設計することにした。「塩分を多くしたらだしが薄くても成立しますが、それでは関西の味噌汁とは呼べません。だからコストがかかろうとも味噌とだしの味でしっかりした風味を出すように心がけたのです」。関西の風味を醸すことで、同社のフリーズドライ味噌汁は、ことさら消費者からの評判もよく、特に阪神間では良質な商品としての評価が高くなっているらしい。いくら手軽に使う商品であろうと、確かな造りの背景と、味噌メーカーだからこそ持っているこだわりを感じなくては、いいフリーズドライと呼べない。一杯の味噌汁椀は、そんな思いを物語っている。
(文/フードジャーナリスト・曽我和弘)